2011年05月25日

火曜印刷2

火曜印刷は祖父一良(いちろう)が作った印刷工場である。
祖父は病身の長男重信を溺愛していて、印刷業も重信のためにはじめたと聞いたことがある。
息子が熱心に雑誌などを作っているのを意識し、趣味を兼ねて病身でもできる仕事をと思ったのか。

初めは、本当に簡単な印刷機が一台だけだったという。父はその印刷機で自分の『蕗子』や塚本邦雄の『水葬物語』などを作った。

その写真がないのが残念だ。テフートというものらしい。
私が記憶する工場では、もう使われていなかった。それはすみっこのトイレのそばに置いてあった。
(そのトイレの落書きは今も覚えている。
「上を見よ」→「左を見よ」→「右を見よ」→「何をきょろきょろしている」
これを書いたのは誰だろう。工員さんだろうか。まさか父ではあるまいが。)

祖父は建築士のようなことをしていて、国会議事堂の建設に関わったと伝え聞いているが、そこそこ商売上手でもあったらしい。
やがて、火曜印刷は当初の小さな建物を増築して、従業員を数人雇って稼働するようになった。私が記憶しているのは、その軌道に乗ったあとのことだ。

祖父は新しいものが好きで、車やテレビなど、ご近所では一番に購入した。
この車は当時、けっこうかっこ良かったらしい。

当時、火曜印刷には工員さんが10人ぐらいいたはずである。
なぜなら、野球チームを作っていたからだ。そして、楠本健吉さんのチームと試合をしたという。監督はもちろん重信であった。

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posted by tyouseki at 15:47| 密航船(重信関係情報) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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