2011年05月25日

2005年7月 23回忌の法要と句碑の除幕式3 二つの句碑の共通点

法事とふたつの除幕式のあとは食事会だ。
法事のあとの食事会は「お斎(とき)」というらしい。

20人ぐらいの会食で、
法光寺ご住職、
父が疎開中に逗留して「群」を発行したお宅の中島さん、
(法光寺の檀家でもある)
父ゆかりの俳人さんたち、
親族、そして私、ひととおりスピーチをした。

二つの除幕式は、読経がすばらしかったし、
どこかの偉い来賓を呼んでハクをつけるようなこともなく、
全体としてすごく良かったけれど、
やっぱり句碑だから、
ちゃんと俳句の話をしなければ物足りない。

参加してくれた4人の俳人のスピーチはものすごく良かった。
遠くから、すごく早起きして来てくださって、
本当にありがたいと思った。

身内は、ことに群馬の親族は、
重信という俳人の業績や、
俳人として一人前になってからの人となりを案外知らない。
俳句に興味がない人は、
若い頃の傲岸不遜な態度とか、
戦時中長髪でいた変人だったとか、
そんなイメージだけを持ち続けているかもしれない。

せっかく句碑ができたのだから、
気持ちよく、価値があるものなんだと納得して、誇りに思ってほしい。
そうでなければ句碑がかわいそうだものね。

私は、すでに「月光」に書いたことをふくらませつつ、
二つの句の共通点について以下のことを話した。

【法光寺】
月光旅館 あけてもあけても ドアがある

【福寿院】
船焼き捨てし
船長は

泳ぐかな

この二つの共通点は「行く先がわからない」ということだ。
法光寺の句は、
わくわくしながらドアを開き続ける探究心の楽しい面を描いている。

それに対して、福寿院の句は、
探究心の厳しい面を描いているといえるだろう。
この人は、そもそも陸から離れて船長となったのだろうが、
さらに、そのよりどころである船さえも焼き捨て、
身一つとなって海を泳ぐのだ。

そういう見方をすれば、この二つの句はペアと言える。
開放的な場所にある法光寺の句碑、
庭の中の小道の木陰にひっそりと立つ福寿院の句碑は、
対照的な内容とそれにふさわしい対照的なたたずまいで、
絶妙のペアになってるじゃないか。

これは決してこじつけではない。
偶然に選ばれた二つの句が、意図せずにこんなにマッチしちゃたから、かえって信じられないが、
すばらしい組み合わせだと本気で思っている。
posted by tyouseki at 18:21| 密航船(重信関係情報) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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