2011年05月28日

五十歩と百歩 3 だるまさん戦争(2)【友情】

 ある五十歩逃げが、ある百歩逃げを嗤いました。それで振り向いた百歩逃げが、被弾してうずくまりました。

「だるまさんがころんだっ!」
 次の号令のとき、その五十歩はその百歩に追いつき、声をかけました。
 さいわい百歩の傷は能力を半減させただけで、痛みがおさまった次の号令では五十歩進める状態になりました。
 そのあと二人は、号令のたびに五十歩ずついっしょに逃げました。なんだか嫌になって、戦場の外の遠いところまで逃げてしまいたくなったのです。
「とにかく遠くへ行こう。逃げるなら完全に逃げないと、罰金をごっそり取られるだけだからな。」

 ところが、どこまで行っても、「だるまさんがころんだっ!」の号令とダダンダダンが追いかけてくるのです。どこまで行っても戦場なのでした。
 見回せば、あたりの兵士の多くは、二人と同じ方向に走っています。
 号令の合間に、二人は話しました。
「おかしいな」
「俺たち、逃げているつもりだったけど、前に進んでいるのかもしれない」

 五十歩と百歩が観察すると、地面が流動しています。戦場は変化しているのです。

「ああ、これはまさに、だるまさんがころんでいる真っ最中じゃないだろうか。」
「だるまさんの流れに合わせて動けばいいのか、それとも反対に動けばいいのか。どっちが前なんだろう。」

 どうしていいかわからなくなった二人は、もと百歩が地面の流れと同じ方向に、五十歩がその逆方向に歩くことにしました。

「ここでおわかれだ。」
「でも終ったあとで会うかもしれないね。」
「報奨金はどっちが多いだろうね。」
「終わったら二人の分を合わせて山分けしよう。」
「そうしよう。」

 二人は別れ、そのあと三回の「だるまさんがころんだっ!」を生きのび、お互いに姿が見えなくなるほど離れた地点で振り返り、思わず背伸びをしてしまいました。そのとたん二人とも被弾して死にました。
(続)
posted by tyouseki at 15:44| Comment(0) | TrackBack(0) | ひまつぶメモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

五十歩と百歩 2 だるまさん戦争(1)

「だるまさんがころんだっ!」
 この戦場には、こういう号令が三十秒に一回響き渡る。
 傭兵たちはその声の間だけ前進する義務がある。戦場にはマス目があり、そのマス目を鈍重な者は五十歩しか進めないが、身軽な者は百歩進む。
 号令の合間に敵の攻撃があり、身動きすると狙われる。前方の者ほど被弾する確率が高い。被弾すれば死ぬか、怪我で動けなくなる。
 
 傭兵たちは、前に進むほど報奨金をたくさんもらえるが、逃げたら罰金をとられることになっている。死んだら報奨金はなしになるので、前進せずに後ろ向きに逃げる者も少なくない。無理をせずにほどほどの位置を守って、行ったり来たりして調節する者もいる。

 朝、戦場が地上に現れる。地面からマス目が浮き出し、傭兵たちが生えてくる。

「だるまさんがころんだっ!」
ダダダンダダン。

 だるまさん戦争が今日もはじまった。

「だるまさんがころんだっ!」
 この声がしているあいだに傭兵たちは走る。前へ、後ろへ。
ダダダンダダン。
 声が止むと銃声が響いて、傭兵たちの何人かが倒れる。

「だるまさんがころんだっ!」
ダダダンダダン。

「だるまさんがころんだっ!」
ダダダンダダン。

(続く)
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五十歩と百歩 1

 (道を歩きながら「五十歩君と百歩君」とつぶやいていた。こういうことがよくある。すごくみっともないじゃないか。しゃくだから、何か書いちゃおう。)


 五十歩百歩といえば、だいぶまえのことだが、中国から来たばかりのリュウさんいう人と知り合った。
 来日の不安を少しでもなぐさめようと、「日本語にはあなたの国の言葉がたくさん生きている。こういうのを学校で習うんだ。」と言って、故事成語やうろおぼえの漢詩をいくつか書いて見せた。

 字がまちがっていて、いくつか疑問符をつけられ(まあ、こっぱずかしい。こういうとき教養って大事だよと思い知ってしまう)たが、意図はちゃんと通じて喜んでもらえたようだった。

 私が書いた中のひとつに「五十歩百歩」があった。
 字はあっていたが、リュウさんは一字「嗤」(「笑」だったかな)を書き足した。それを見て、高校で習ったその故事をちゃんと思いだした。

 リュウさんとの楽しいひとときを思い浮かべていたら、全く関係ない妙なお話が内側から育ってきた。なんだなんだこれは。(続く)

【参考】五十歩百歩の故事(ウィキペディアより)
(王の問[国の人口が増えないこと]に)孟子がお答えして申すに「王は、戦がお好きだから、戦を以て喩えさせて下さい。今、まさに太鼓をたたいて、干戈を交えようとしたところに、鎧を脱ぎ捨て武器を引きずって逃げた者がいます。ある者は百歩逃げて止まり、ある者は五十歩逃げてふみ止まりました。この時、五十歩の者が百歩の者を(臆病者と)笑ったならば、いかがでしょうか。」王は言った「駄目だ。(五十歩の者も)ただ百歩でないだけだ。五十歩の者も逃げたのである。」、孟子は言った「王がこれを理解なさるなら、民が隣国より多いことを望むべきではないでしょう。」
posted by tyouseki at 15:41| Comment(0) | TrackBack(0) | ひまつぶメモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月25日

ブログを統合します

ブログや掲示板がいくつかに分かれていましたが、今日、重信情報「密航船」の過去の記事をこちらに移しました。
・いくつか省いた記事、まとめた記事があります。
・写すとき順番を間違えて、一部古い記事があとになっています。

古い方のブログは近日中に消す予定です。
posted by tyouseki at 18:42| ひまつぶメモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月19日

あと12年で70歳かあ

あと12年で70になる。

12年でどれだけのものを失うのか。

身体能力(すでに弱っってきているし)
習得したさまざまな技能(すでにたいてい鈍っているし)
知識(もともと少ない知識が日々消失しつつあり)
アタマの働き(もともとバカだが)
子どもっぽい服を楽しめた容姿(すでにぜんぜん似合わない。くやしー)
それから親しい人たち(精神的に頼りにしてきた親族はもうみな高齢で)

見回せば今持っている大事なものは、これからの日々確実に失われてゆく。

昔「いつまでも少女でいるその代償は絞殺される毎晩の夢」だなんて書いて、いい気になっていたが、くだらない歌だった。
これからは代償なく長時間かけて緩慢に銃殺されるようなものだ。

「70よりもまだ先があるんだよ。だいじょうぶ、見ててあげるから」
82で死んだおばあちゃんが現れて言った。
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2011年05月14日

野原と放牧

さっき、ピレネー犬の写真を見た。
その瞬間、
ホストはなぜ魅力的なのだろう、と思った。

頭はなるべく野原にしておく。

(子どものころ、私の家の窓から広い野原が見わたせた。
 犬や猫や雨蛙やバッタがいる野原。
 私は幸せな子どもだった。)

頭を野原にしておくと、勝手に思念が現れる。
見ないふりをして観察すると、彼らは飛躍的な思考をして駆けまわる。

ピレネー犬とホスト。

こういう飛躍は、必ず何かしら結びつきがある。
「風が吹けば桶屋がもうかる」のように、その気になれば軌跡がたどれると思う。
なんの脈絡もなく無関係なことを考えるなんて、たぶんできないと思う。

ピレネー犬の写真を見た。→
巨大な犬を従えて歩きたい。→
キングコングの手に乗りたい。→
大きな獣に慕われるのは甘美だ。→
ホストに感じる魅力って、もしかするとそういう甘美さかしら。

と、たぶん、こういうふうに考えたのだろう。

だから何ってこともない。
私は自分の思念を支配したいのか。
野原を放牧場にしたいのか。

タロウが来た。
野原で遊ぼうという。
(タロウは私の兄。もさもさのマルチイズ。)

私とタロウは野原に飛び込んで、草まみれになって遊ぶ。
私たちは自由な思念になる。

遠くの窓から子どもが見ている。
あの子も呼ぼう。
posted by tyouseki at 17:39| ひまつぶメモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月09日

下町カントリー そして私のバイオリン

 おとといは卒業して40年の高校の同窓会。友人に「下町カントリー」というCDをもらった。友人はそのなかでバイオリンを弾いている。

 ……思えば高校時代、私は音楽部でバイオリンを弾いていたのだったが、根気が足りずなんとなくやめてしまった。
 同じ頃、この友人は、音楽部に入らず、全くの独学でカントリーのバイオリンをマスターし、今日までこうして続けている。

 ……実はうちのどこかに私のバイオリンがまだある。十年以上見ていない。私はときどき、「しまった、子どものなきがらを押し入れに隠していたんだっけ、どうしよう」という悪夢を見る。
 たぶんバイオリンをしまいっぱなしにしているせいだと思う。あのバイオリンを探し出して、だれかにあげてしまえば、あの悪夢をみなくなる気がする。

下町カントリーのデモ

 そして昨日のこと。
20110508vio.jpg
発掘むかしのバイオリン!  写真は40年前にバイトして買ったバイオリンです。
きれいではないが、腐ってない。まあまあかわいい。
弦をはずしてあるので、ちゃんと鳴るかどうかわからん。

 楽器屋さんに持って行きました。弦のはり方さえ忘れちゃってたから。
 修理すれば弾ける状態かどうか、見てもらうために預けてきました。

 バイオリンだけでなく、私はピアノにもわだかまりがある。

 そんなことをいろいろ考えて、ちょろっとエッセイを書いてみた。考えを整理しながら書く自分用のエッセイだけど、HPのエッセイコーナーにUP。
posted by tyouseki at 17:00| ひまつぶメモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月24日

「かばん」新人特集5

「かばん」新人特集号5が完成しました。
書店に出るのはこれからだし、
(全国で数か所しか置いてないけれど)
会員、購読会員や、各方面への寄贈もこれからなんですが、
150ページを超え、厚さ1センチ近い、すっごいボリュームで
たったの600円です。
(この厚さは、過去最高だ。)

「かばん」の新人特集号は、数年に一度発行するもので、
「かばん」に新しく入会し、歌集を出していない人で、新人特集参加希望者を集めて作成。
各新人の自選30首に「かばん」内外の人が評をして、19人の「新人」を除く執筆者が38人も。
同じ歌に対していろいろな評があるのもおもしろいです。

過去の新人特集号参加者には、いま歌壇で活躍している人がけっこういるんですよ。
posted by tyouseki at 23:59| ひまつぶメモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月02日

作品の表記ゆれなど

データベース化してある短歌俳句川柳作品53000句歌を点検。
いやはやすごいまちがいだらけで、まいったまいった。

完全な重複を見つけて消すのはデータベースソフトで簡単にできるからいい。
もんだいは、微妙な違いや表記ゆれだ。
思案の末、「はじまりの数文字と終わりの数文字が一致するものを表示させる」という方法をとってみた。
これはわりと効果的だった。

だが、微妙な違いや表記ゆれは、単純な入力ミスのせいだけではない。
原典に当たらない限り(ときには当たっても)わからないものがいっぱい出てきた。

【作者の段階】
まず、そもそも作者みずからが、
初出のときは漢字だったのを、あとからひらがなに蛙などの微修正を行うことはざらにある。
(私もやりました。)
一字アケを入れたりとったりするのもよくあることだ。
(私もやりました。)
旧かなと新かなの問題もあり、作者自ら表記を変更することがある。
(私は該当なし。ぜんぶ新かなだから。)

【出版段階】
新かなに統一するアンソロジーも、(読みやすいから良いんだけれど)
句歌のブレを増幅するのに一役かう。

【引用段階】
それから、引用する人がまちがえる、ということがある。
漢字とひらがな。(「なか」と「中」等)
送り仮名。(「生まれ」と「生れ」等)
異なる漢字。(「船」と「舟」等)
(パソコンで出ない字があるからやむを得ないこともある。)
小さい字(旧かなでは「つ」だが新かなでは「っ」等)。
そのうえ、OCRの読み取りで、似た字にすり替わることがあるのもおっかない。
またOCRでは「凭」が「任几」になるような現象もよくある。
だから、ネットで検索すると、ひとつの作品にいくつかのバリエーションがあることが多い。

そういうわけで、データベースの点検はなんだかものすごいことになった。
三日がかりで約2000歌句を消したり調整したりした。

結論。
一字アケだの新旧仮名遣いだのは、どれだけこだわりがあっても
まちがえられやすい、ということだ。
自分で作るときは、そこに力点を置くのはよそう、と思った。
(当分作らないだろうけど。)
posted by tyouseki at 19:10| ひまつぶメモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月04日

シラカワさんという軍医だった方を知りませんか

「あけもどろの空 ちびっこヨキの沖縄戦」
(6歳で沖縄戦を体験したヨキさんから聞いた話をもとに書かれている本)には、
シラカワさんという軍医が登場します。

この方は、東風平村(こちんだそん)に駐留していましたが、
沖縄戦の際にどこかに移動して、その後の消息はわかりません。

シラカワさんは東風平村にいたとき、主人公ヨキさん(当時6歳)の隣の家に逗留していました。
ヨキさんの父親が重い病気になったとき治療してくれて、
そのおかげで、一家はきびしい沖縄戦を生きのびることができたということです。

ヨキさんのご両親はもう亡くなりましたが、おりにふれて
「命の恩人のシラカワさんにお礼を言いたい」と言っていたそうです。

シラカワさんはご存命ならかなりご高齢だと思います。
「ご本人がもし亡くなっているならご遺族にお礼を申し上げたい。
ご遺族は、シラカワさんが沖縄に駐留しているときに、村民に親切にして命を救ったことを知らないかもしれない。
せめてそれをお伝えしたい。」
と、ヨキさんは思っています。

シラカワさんは、6歳のヨキさんの記憶では、色白ですらっとした方だったそうです。
posted by tyouseki at 03:05| ひまつぶメモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「あけもどろの空 ちびっこヨキの沖縄戦」という本が出ます


tbiyoki hyousi「あけもどろの空 ちびっこヨキの沖縄戦」は、ヨキという6歳の少女とその家族が、沖縄戦を生きのびてゆく物語です。
著者は高柳杉子
両親の実体験をもとにしています。 
2010年11月はじめ刊行
子どもの未来社 1500円

著者の高柳杉子は、本書を準備中の昨年夏に他界。家族・親族・友人が遺志を継いで完成させました。
(発起人 高柳美知子)

posted by tyouseki at 02:37| ひまつぶメモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月19日

ここまで忘れるかなあ

難しい原稿が進まないので、なんとなくパソコンの古いファイルを開いてみた。
「これ何だっけな。でかいな。……えー!なにこれー!」

それは、『はじめちょろちょろなかぱっぱ』を執筆するにあたって作った、実用和歌と解説、和歌や歌人の逸話などをデータベース化した、エクセルのでかいファイルだった。

和歌の逸話事典(としてはいささか不完全だが)になっていて、辞世コレクションまで兼ねている。なんだなんだ、ものすごいじゃん。

本に収録できたのはそのうちのせいぜい一割だったっけ。
思い起こせば、これを作ったのは『短歌の生命反応』を書きながらだった。
そして、これをもとに『はじめちょろちょろなかぱっぱ』を書いているときは、
並行して『雨よ雪よ風よ』の構想を練っていたんだった。
あの三冊が仕上がったときには、電池が切れたような感じで、余熱だけで全歌集をまとめて力つきた。

そして、全歌集出版から3年、私は、ちょろぱ用のデータベースの存在を忘れ果てていた。

何年もかけて取り組んだ成果を、よくもまあすっかり忘れたもんだ。
あきれたよー。

posted by tyouseki at 18:32| ひまつぶメモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月18日

生のオーボエ

うちの近所にオペラ喫茶というものがある。喫茶といっても喫茶店ではないのだが、
そこでは毎週、音楽家などを招いて演奏会をやっている。オペラが多いが、今日はオーボエとピアノだった。

知っている人は当たり前じゃないかと言うだろうが、生というのはすごい迫力だ。
オーボエという楽器、私は高校でオーケストラ部に所属していたから、友人がえらい苦労をして音をしぼりだすのを見ていたけれど、
音楽に興味がなくてコンサートなどには行ったことがない。
だから、本職が吹くのを、こんなに近くで見たのははじめてだ。
また、当たり前のことを書くが、歌ったり楽器を奏でたりするのは、人体だ。
人の息が続く長さしか、一息では吹けない。

演奏者は全身で音を操る。
膝の微妙な屈伸、腰や左右の肩、首、眉、目まで使っての、渾身の音色なのだ。

ケータイシーケンサーというもので着メロを作る遊びをしていたとき、気軽にいろんな楽器の音色を使って、人体の制約など考えることなく遊んでいたが。
制約のある人体で、
人体の持つ力を注ぎ込んで、
音に換え、操ることがナマということなんだなー。

いやー、当たり前のことなんだけど、56年生きてきて、今日はじめて実感としてわかったので、こうして書いておく。

posted by tyouseki at 16:27| ひまつぶメモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月16日

愛憎は左右の手

愛憎は紙一重。いやむしろ、右手と左手のようにひとつの体にくっついとるもんじゃからの。重いもんや大事なもんを持つには、どうしても両手を使わにゃあならん。

「王朝まやかし草紙」諸田玲子 新潮文庫より

posted by tyouseki at 15:43| ひまつぶメモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月11日

組長?

親戚の家の玄関脇に、こんな御札が。

「あれなに?」
「町内会は小さいグループに分かれてて、
一組二組というふうになってるの。
そのグループごとに、持ち回りで雑用係をやるの。
その雑用係りを組長といって、
組長の家には、
あの御札をぶらさげる決まりなのよー。」
kumityou.jpg
posted by tyouseki at 15:47| ひまつぶメモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月05日

らしあき 若者のムカシがたり

二人の息子が「らしあき、懐かしいよなー」などと言って、
ムカシ話で盛り上がっている。

20代の人が懐かしいことって何だろう。
聞き耳をたてた。

ファイナルファンタジーというゲームのバグで、
キャラ名の最初の一文字が途中からズレる現象があったらしい。

「よしあき」君という名の友人は、キャラに「よしあき」と名づけたが、
いつのまにか「らしあき」になっちゃってた。
「らしあきはねーだろ、らしあきはよー、ってさー。ゲラゲラゲラ」
「ゲラゲラゲラ」
それを聞いた別の友人「よしひさ」君は、
予め一文字手前の名前「ゆしひさ」でゲームを始めた。
おおよそ、そういう話のようだ。

「ムカシは驚きのバグがいろいろあったよな」
「最近たいしたバグねーし。なんかさびしー」
「あれさー、ファミ通の裏技がさー」
「ゲラゲラゲラ」
「ゲラゲラゲラ。わざわざ画像までさー」。

あんまり面白そうなので、ついに割り込む。
「そんなに面白い裏技があったの?」
めんどくさそうに説明してくれた。

「ファミ通」という雑誌に、裏技コーナーのようなページがあって、
嘘の裏技が、まことしやかに贋画像つきで掲載されていたことがある。
今のゲームはバグがあんまりなくて、とんでもない裏技発見、みたいなことはなくなってしまった。

なるほど。

仕組まれていないバグ、ゲームを作る人の手におえなかったところ。
ゲームの中に置かれた宝箱を探すことよりも、
バグ探しのほうが、真の宝探しに近かったわけか。
なるほど、懐かしむのもわかる

時代が変わった。そういう宝物が生じない状況になった。
つまり「時代の変化」を感じているから
「懐かしい」という言葉になったらしい。
posted by tyouseki at 17:05| ひまつぶメモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月12日

短歌に使われるオノマトペ ○ら○ら

短歌データベース「闇鍋」を整理していて、ナントナク「きらきら」という語をみかけることが多い気がしました。
そこで、「○ら○ら」(さらさらとか、ぜんぶ)を、ちょいと検索してみたら・・・・はい、「きらきら」がやっぱりダントツでした。
他の「○ら○ら」の結果は、続きを読む前に予想してみてください。

*  *  *
■「○ら○ら」は、まずなかろうと思われる(よらよらだとか)ものまで含めてすべて検索した。
■短歌デーらベース闇鍋 2010.5.12現在28,012首
■このうち
「○ら○ら」を含む歌は221首あった。

○ら○ら 歌の数 作者数(2名以下は作者名も) 
きらきら 44首  20人
さらさら 24首  18人
ばらばら 14首  11人 
ひらひら 13首  12人
はらはら 11首  10人
ゆらゆら 11首  8人
からから 9首   9人
わらわら 9首   9人
うらうら 7首   7人
ざらざら 7首   4人
くらくら 5首   4人
しらしら 5首   5人
たらたら 5首   4人
ふらふら 5首   4人
キラキラ 4首   3人
いらいら 3首   2人(岡井隆、塚本邦雄)
てらてら 3首   3人
へらへら 3首   2人(小熊秀雄2首、吉川宏志)
めらめら 3首   3人
ぎらぎら 3首   3人
だらだら 3首   3人
カラカラ 2首   2人(西崎みどり、田川みちこ)
ちらちら 2首   2人(加藤治郎、木下利玄)
ハラハラ 2首   1人(江草義勝)
むらむら 2首   1人(若山牧水2首)
ギラギラ 2首   2人(奥村晃作、加藤克巳)
バラバラ 2首   1人(藤原龍一郎2首)
ぴらぴら 2首   2人(佐佐木幸綱、杉崎恒夫)
ぶらぶら 2首   2人(坂井修一、高柳蕗子)
ぺらぺら 2首   2人(原浩輝、高柳蕗子)
あらあら(「あらあらしい」除く)
     1首   1人(宮柊二)
サラサラ 1首   1人(江草義勝)
ソラソラ 1首   1人(東直子)
フラフラ 1首   1人(望月由美子)
らららら 1首   1人(成瀬しのぶ)
りらりら 1首   1人(永田紅)
がらがら 1首   1人(高柳蕗子)
ぐらぐら 1首   1人(小島ゆかり)
げらげら 1首   1人(山崎方代)
びらびら 1首   1人(斎藤史)
ブラブラ 1首   1人(俵万智)
ぱらぱら 1首   1人(松坂弘)
以上です。このほかの「○ら○ら」は1首もなし。

わかったこと、考えたこと
■1 当然かもしれないが、日常語とは頻度が異なる。「すらすら」は普通に使われているにもかかわらず1首もない。
■2 「きらきら」がダントツ
なぜ? いつから? 
■3 短歌にめったに詠まれない言葉を、歌に詠み込んだのは、ちょっと手柄だと思った。

★データベース闇鍋とは、短歌データをインターネットや友人からもらって作っているものです。。(明治時代の歌人、現代歌人、たまに古典和歌も混入。)
 選ばずに投げ込むことにしていますから、高柳の好みは反映されません
 ただ、インターネットで入手できること等、高柳が入手しやすいもの、という偏りはあります。

posted by tyouseki at 22:30| ひまつぶメモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月04日

ジャンルの方舟性?

 ペンネームや芸名に動物名が入った人は、各ジャンル1名様までじゃないかと思う。
(動物でも、「亀」「竜」のように氏名によくあるものはこの限りでない。また、本名なら遠慮する必要はない。)

 たとえば作家には「中村うさぎ」「鯨統一郎」という有名な人がいるから、このあと作家で「うさぎ」や「くじら」というペンネームを使うのは、普通はやめたほうがいい。「イルカ」という有名な歌手がいるのに、あとからわざわざ「イルカ」と名乗って出るかは考えものだ。

 ジャンルが異なれば気にならない。漫画家にも「古屋兎丸」という人がいるし、タレントにも「くじら」という人がいるが、ジャンル違いで表記も違う。

 ジャンル各1名までがいい。
 なぜ? まぎらわしいから?
 それもある。それが大きい。
 が、なんとなく、そういうレアものには微妙に許容数があるような気もする。そういう抑制を感じる。

 人が人にする抑制ではなくて、言葉の世界の秩序やバランスみたいなもの。
 これを「ジャンルの方舟性」と名づけた。 

 これを何人かに聞いてみたら、そういうバランス感覚があるという人とないという人が半々だった。(笑)


名前に動物名が入った有名人
「君の名は」
http://cozalweb.com/ctv/kiminonawa/zoo.html

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2010年04月20日

何が残るかを見ようとしている

「ロボットとは何か」石黒浩より。
「」内引用。その他の部分は一部要約。

人が人にとって便利なものを作る。それは、本来人が行ってきた作業を肩代わりしてくれるものであって、「技術開発を通して人の能力を機械に置き換えている」営みだ。それは次のように言い換えられるかもしれない。
「人間はすべての能力を機械に置き換えた後に、何が残るかを見ようとしている」

高柳(携帯)

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2010年04月17日

杉崎恒夫歌集「パン屋のパンセ」

杉崎さんの歌集が刊行されました。

ここに紹介させていただきましたので、ぜひぜひ見てください。
短歌の紹介も評論エッセーのところに置きました。
いっぱい「読解」もやっちゃいました。

そのほか、ほったらかしだったホームページのあちこちをお掃除しています。
といっても、新しいコンテンツのupは、今日のところは上記だけです。
posted by tyouseki at 22:37| ひまつぶメモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする